だって、春なんだもん

 春の柔らかく暖かい日差しに心を弾ませながら、出発進行!と勢いよく車を走らせ、出張買取へと向かったのだが、走り出して二、三分、何かが足りない。一体何だろう、と車を路肩に停めてポケットに手を入れると、あるはずの財布がない。そういえば、財布は鞄の中に入ったままだったような気がする。これがなければ、買取金をお支払いすることができない。慌てて戻ってみたところ、確かに鞄の中に財布はあった。
 それでは、気を取り直して、再出発!と車を走らせたが、また二、三分して、何かが足りないような感じがして、気になって仕方がなかったので、車を路肩に停めて車の中を点検した。台車はある。本を入れる折りたたみ式のカゴもある。免許証もある。一体、この空虚な感じは何なのだろう・・・・。この胸の空虚。自分の中の空虚。自分は単なる抜け殻。だから空虚。しかし、空虚を空虚だと感じる自分がここには確かに存在しており、果たして本当に空虚なのか・・・。そのようなことを考えている暇はなかった。約束の時間に遅れてしまう。もう一度空っぽの頭で考えたところ、いつも買取の際に持参するファイルが見当たらない。そういえば、机の上に置いたままであったような気がする。慌ててユーターンして戻ると、確かにファイルは机の上に置いてあった。これで二度目の忘れものである。誠に遺憾、遺憾の意である。
 それでも、とりあえずはこれで出発することができると車のエンジンをスタートさせたが、待てよ、と思う。もしかしたら、三度目の忘れものがあるかも知れない。だって、春なんだもん。私は不安を抱えながら三度目の出発をしたのだった・・・・・・。