破綻の余波

 リーマンの一連の破綻劇、米国の新聞では「流血の日曜日」と名づけたらしいのだが、この惨状を目の当たりにしたNちゃんが、大慌てで電話を掛けてきた。
「大変、大変、サガがカブって!」
「落ち着け、落ち着け、おまえの言いたいのは、株が下がって、だろう」
 Nちゃんは、私が止めるのも聞かず、テレビだか雑誌だかに踊らされて、以前から株をしこたま買っているのだ。おそらくボーナスの大半を注ぎ込んでいるに違いないと私は以前から疑っているのだ。
「俺があれほど、株は買うなと言ったのに。第一、我々のような貧乏人が買うようなものじゃあないんだよ。貧乏人が買っても搾取されるだけなんだよ。それに、うちの会社のHPに書いている日記を読んでいるだろ、去年から俺は、世界恐慌は始まっていると書いて警告していたんだぜ。もしや、読んでいないな」
「もうっ、それなら早く言ってよ!そんな、あんたの書くもんなんか読むわけないじゃないの!」
「ロクでもないアナリストだかエコノミストだかの言葉に踊らされるからこういうことになるんだ。あいつら、極一部を除いて、去年から世界恐慌が始まっているなんてこと言ってた奴がいるか? これから株は持ち直すだとか、調子のいいこと言っていた奴らばかりだったろう。奴らも商売だから、あまり本音も言えないんだけどな。それぐらいのことをわかって、あいつらの話は聞かないと駄目だぜ」
「そんな説教を聞くために、電話したんじゃないの!」
「そうかそうか、まあ、怒るな、怒るな。人間は欲が深いから、株価が上がっている時は、もっと上がるんじゃないかと、なかなか利益確定の売りができずに機を逃し、下がってくると、損が怖いから、いち早く売ろうとして、売りが集中する。だから、株が上がっている時は、すぐに利益確定の売りに出し、下がっている時は、じっと待つしかないんだ。俺は、自分が欲が深い人間だって、わかっているから、株は買わないんだ。その前に、そんな余裕がないんだけど」
「そんなことは言われなくてもわかっているの。とにかく、あたしは、被害者よ、被害者!」
「ふーん、皆こういうときは、被害者ぶるんだな。今回の惨劇は明らかに人災だろう。サブプライムなんて、与信もしっかりしないで、返せないとわかっている人に金を貸し、それを債権化してやりたい放題やっていたのだから、こうなるのも当たり前。それに、変動金利を知ってか知らないか、返せない金利で金を借りる方も問題があるけどね。まあ、証券業界はそれ以前から、やりたい放題だったけど。やりたい放題やって、我々庶民と桁の違う給料をとっていたのだから、皆とは言わないけどね、別に何の同情もない。それに、解雇になったって、意外とみんな平気な顔してたでしょ。ビルの前で記念撮影している奴もいたぐらいで。それは、今までの桁違いの給料で、結構な貯蓄があるからなんだろう。いや、人によっては、もう働かなくてもいいという額を持っている。まあ、お前の場合も被害者でもなんでもないな。俺があれほど止めたのに、買っちまうんだからな。自業自得だな」
「でも、まさか、こんなことになるとは、あたし思ってもいなかったの・・・・・。そこでね、ちょっとお願いがあるんだけど・・・・」
「困った時にしか電話をよこさないお前のことだ。もしかして、お前、信用で買っていたんじゃなかろうな」
「それがね、そうなの」
「むかしからお前は欲が深い女だったけど、信用とは! これはもうお陀仏ですな。まったく、信用の怖さをわかっていない。これも人災ですなあ」
「だから、その・・・・」
「まてい、それ以上何も言うな。俺が何故、今平然としていられるか、わかるか? それは俺には金融資産がないからだよ。貧乏人の悲哀でもあり、余裕でもある。だから、貸せる金はないんだよ。こ汚い俺のような古本屋が金を持っているはずがないだろう」
「やっぱり、あんたに期待したあたしが馬鹿だった」
「ふふふっ、それとも、俺の言うことを何でもきくか?」
「あんたは最低な男ね!」
「バカ、冗談だよ冗談」
 テレビでは、盛んに今後我々の生活への影響はどうなるかということを解説したりしていたが、私の身近には、すぐさま影響を受けた人間がいたのである。
 兎にも角にも、ものすごい時代に我々は生きており、ものすごい事件を目撃しているのである。まだまだ続くこの世界恐慌、後世、必ず現代史や経済学、あるいは現代社会などの教科書に載るような出来事になることだろう。