地元の友人

 この歳になると転勤や結婚、はたまた出奔やらで地元の友人が街から去ってしまう。道を歩いていてもほとんど友人とでくわすことがなくなってしまった。ところが今日は道を歩いていると、遠くから私を呼ぶ声がする。その人物はニコニコして私の方を見ている。
「なんだあ、島原さんじゃないの!」
「なんだあ、とはなんだ。その前におまえさんは一体・・・・」
 そうだ、このご芳顔、見覚えがある・・・・。思い出した。もう五年も前のこと、私は大学院が修了する年の半年間ほど、知的障害者の作業所で指導員のアルバイトをしていた。そこの利用者だ。しかし、よく私のことを覚えていたものである。よく休憩時間に一緒にタバコを吸っていたっけ。休憩時間が終わる直前にタバコに火をつけてしまうと、すぐに消すのはもったいない。一本吸い終わるまで私が作業場に戻らないと、利用者のひとりから、「島原さあん、もう時間だよ。早く戻りなあ」とよく言われたっけな。それを聞いていた正職員に、「利用者に注意される職員なんて、前代未聞です!」と怒られたっけな。利用者に注意された職員は後にも先にも私だけだったらしい。
 作業所の仕事は細かい作業が多く、私が指導する立場にあるのだったが、実は細かいことが苦手な私は、「細かいことは気にするな。現代人はもっと、おおらかに生きねばならん」と指導して、これまたそれを聞いていた正職員に怒られたな。怒られっぱなしのアルバイトだったような気がする・・・・。

「島原の旦那、もう職は決まったのかい?」と彼は私の肩をたたきながら言った。
 職??そういえば、作業所の指導員のアルバイトをしていたのが、大学院の修了間際で、就職が決まっていないまま、アルバイトを辞めたっけな。どうやら心配してくれていたようである。どうも私は利用者から、職員ではなくて、同じ利用者だと思われていたらしい。しかし、よく覚えていたものである。
「ふふ、聞いて驚けよ、今や社長みたいなもんだ。どうだ、びっくらこいたろう」
「ふーん、給料はおいくら?」
「きゅ、給料のことは・・・・。それよりも今も頑張って作業しているかね?」
「旦那は背が伸びた?」
 たまに話が噛み合わなくなる時がある。彼と私は背丈が大体同じで、彼は何故かそれを結構気にしていたっけな・・・・。
「とにかく頑張れよ」
「旦那も頑張れよ」
 お互いにエールの交換をして別れたのだった。そんなこんなで、私は数年ぶりに地元の大切な友人と出会ったのであった。