所用を済ませた帰り道、街を歩いていると、バッタリとAに会った。「おう」と声をかけると、Aは一瞬怯えた顔で私の方を見た。
「なんじゃい、久々に会うなり、その失敬な態度は?」と私が言うと、
「うん、あなたがあまりに怖い顔をして歩いているから、なんかびっくりしてね。実はあなたが私に気がつくよりも私の方がずっと先に気がついていたんだけどね」とAは、直ぐに笑顔になって言った。
 言われてみて気がついたが、自分がどんな顔で街を歩いているか、私は驚くほど無頓着だった。ほとんど顔は気にせずに無意識で歩いていた。そうか、普段は仏のようは顔をしている私であるが、そんなに怖い顔で街を歩いていたのか・・・・。
 うむむ、と、さらに思い出して、飲み屋のポン引きからも私はほとんど声をかけられたことがない。これは、あまりに貧相な格好をしているためだとばかり思っていたが、どうやら、怖い顔をして歩いているからかも知れない。
「怖い顔って、一体どんな顔だったの?」
「そうね・・・・、何だか思いつめているような、それでいて、意識が今になくって、どこか遠くへ行っているような、怖いというよりも、ちょっと不思議なようなそんな感じ」
「ちっともわからないや・・・・」
「ああっ、いま一瞬さっきの顔になった」とAは私の顔をまじまじと見ながら言ったが、Aの顔が先ほどAに声をかけた時の、怯えた顔に一瞬だけなったのを私は見逃さなかった。
「おまえだって、また怯えた顔をしたな」
「私のこの顔が嫌なの?」
「ああ、嫌いだね。人の顔を見て怯えるなんぞ、大変に失敬なことだ」
「私だって、あなたのその顔大嫌い」
「おいおい、別に俺は、顔そのものに文句を言っているのではなくて、ただ失敬だと」
「いいの、私は嫌い。だって、あなたのさっきの顔、あの日の顔なんだもん・・・・」
 それから私達は急に話題を転換し、数分くだらない会話をして、別れた。そして一人になって街を歩きながら、Aの怯えた顔は、Aも同じで、あの日の顔だということに私は気がついたのだった。
 きっと今、私は怖い顔をして歩いているのだろう。そして、Aもきっと怯えた顔を時折見せながら歩いているのだろう。そして、私もAも、これから先、きっとこのままで歩き続けるのだろう。