本物を知る 後編
「すごいですね。なんか高級ホテルのロビーみたいですね」とNが連れてきた喫茶店に入るなり驚いて声を上げた。
「そうだろ。こういうところでコーヒーを飲むのが大人ってもんだ。見てみろ、いるお客さんは皆、紳士、淑女ばかりだろ。本来はおまえのような小汚い格好の奴が来るところじゃないんだよ。今日は勉強のために特別だけどな」
「そんなこと言っても、しまさんの格好だって、全身ユニクロじゃないですか」
「馬鹿野郎。ユニクロはな、着る人が着ればそれなりに見えるんだよ」
そして、席に座るなり、またNが驚く。
「このソファー、すごく座り心地がいいですね。これなら、ここで何時間でも眠れそうですよ」
「そうだろ、お前の店の、固くて冷たい、五分も座るとケツが痛くなる椅子とは大違いだろう。ここからして本物を出す店は違うんだよ」
メニューを見て、またまたNが驚く。メニューには一杯千円以上するコーヒーしか載っていないのである。
「なんですかこれ。みんな千円以上するじゃないですか。うちの店だったら五杯は飲めますよ。もったいなくて飲めませんよ」
「だからお前のような奴は嫌だね。いい大人はな、量より質を優先するんだ。とにかく、ここは、基本のブレンドコーヒーを注文しようじゃないか」
そして、ウェイトレスにブレンドコーヒーを注文すると、Nが恥ずかしそうに言った。
「しまさん、あの娘、僕のタイプです。お友達になりたいな」
「そうだろ。こういう店は、働いている従業員も質が違うんだ。丁寧な対応だったろう。お前のようなゲスな奴がコーヒー売ってる店とは違うよ」
運ばれてきたブレンドコーヒーを一口飲んで、Nは声をあげた。
「うわっ、芳醇な香りと舌に絡みつつも後味が残らない嫌味のないコク。すごいですね!」
「おい、どこかのグルメレポーターのようなセリフはやめてくれ。本物は違うだろ」
「はい。僕の売っていたコーヒーは一体何だったのでしょう」
「前フリが長くなったけどな、本物を知っておくとな、それ以外のものがどんなものだか、見えるってもんだ。ようするに真贋の見分けがつくんだよ。最近、国会で問題になった、メールの事件があっただろう。あれだって、真贋を見分ける力があればすぐに贋モノだとわかったはずだ。多少高い金払ってもな、真贋見分ける勉強をしなければならないってことだ。あの国会議員もいい勉強になっただろう。今回は少々高くつくけどな」
「それは、わかりました。でも、しまさん、あんたはいつも立ち飲み屋で安い日本酒しか飲んでないじゃないですか」
「このタコ野郎。俺はうまい酒も知っていてあえて安酒を飲んでいるんだ。身分相応で納得してのことだ。立ち飲み屋の酒がうまいと思って飲んでいるわけじゃない。諦念に似た気持ちで飲んでいるんだ。この男の刹那さがお前にわかってたまるか。それにな、女性と飲むときはな、ちゃんといい店で飲んでいるさ。本物を知っているから、使い分けることができるんだ」
「へえ、へえ、へえ」
「おい、どこかのTV番組のパクリはよせ。結局な、今の時代はインターネットなどのメディアが普及して、どんどん情報だけは入ってくる情報過多の時代だろ。そういう時代だからこそ、自分でその情報の真贋を見極め、取捨選択することが必要なんだ」
「しまさんはそれができてるってことですか?」
「ウチの古本の品揃えを見てみろ。いいものばかりだろう。商売だから多少ロクでもない本も置いているけどな。でもな、ウチのお客さんは皆さん本物を知っている、目が肥えた方ばかりだからな、いい本しか売れないんだよ」
「はあ、そんなもんですか」
「そうだよ。だからな、今日お前を連れてきてやったのも、本物を知って、真贋見極める勉強をしろってことだ。本物を知れば、今お前の勤めているコーヒーショップの状態が見えてくるだろう」
「なるほど。さすが、びんぼっちゃま、しまさんですね」
「びんぼっちゃまは余計だ。とにかくそれがわかれば、一杯飲みに行くぞ」
「飲みに行くって、どうせ立ち飲み屋でしょ」
「当たり前だ。お前といい店なんか行くもんか」
そして、我々は夜の飲兵衛横丁へと消えて行った。
「そうだろ。こういうところでコーヒーを飲むのが大人ってもんだ。見てみろ、いるお客さんは皆、紳士、淑女ばかりだろ。本来はおまえのような小汚い格好の奴が来るところじゃないんだよ。今日は勉強のために特別だけどな」
「そんなこと言っても、しまさんの格好だって、全身ユニクロじゃないですか」
「馬鹿野郎。ユニクロはな、着る人が着ればそれなりに見えるんだよ」
そして、席に座るなり、またNが驚く。
「このソファー、すごく座り心地がいいですね。これなら、ここで何時間でも眠れそうですよ」
「そうだろ、お前の店の、固くて冷たい、五分も座るとケツが痛くなる椅子とは大違いだろう。ここからして本物を出す店は違うんだよ」
メニューを見て、またまたNが驚く。メニューには一杯千円以上するコーヒーしか載っていないのである。
「なんですかこれ。みんな千円以上するじゃないですか。うちの店だったら五杯は飲めますよ。もったいなくて飲めませんよ」
「だからお前のような奴は嫌だね。いい大人はな、量より質を優先するんだ。とにかく、ここは、基本のブレンドコーヒーを注文しようじゃないか」
そして、ウェイトレスにブレンドコーヒーを注文すると、Nが恥ずかしそうに言った。
「しまさん、あの娘、僕のタイプです。お友達になりたいな」
「そうだろ。こういう店は、働いている従業員も質が違うんだ。丁寧な対応だったろう。お前のようなゲスな奴がコーヒー売ってる店とは違うよ」
運ばれてきたブレンドコーヒーを一口飲んで、Nは声をあげた。
「うわっ、芳醇な香りと舌に絡みつつも後味が残らない嫌味のないコク。すごいですね!」
「おい、どこかのグルメレポーターのようなセリフはやめてくれ。本物は違うだろ」
「はい。僕の売っていたコーヒーは一体何だったのでしょう」
「前フリが長くなったけどな、本物を知っておくとな、それ以外のものがどんなものだか、見えるってもんだ。ようするに真贋の見分けがつくんだよ。最近、国会で問題になった、メールの事件があっただろう。あれだって、真贋を見分ける力があればすぐに贋モノだとわかったはずだ。多少高い金払ってもな、真贋見分ける勉強をしなければならないってことだ。あの国会議員もいい勉強になっただろう。今回は少々高くつくけどな」
「それは、わかりました。でも、しまさん、あんたはいつも立ち飲み屋で安い日本酒しか飲んでないじゃないですか」
「このタコ野郎。俺はうまい酒も知っていてあえて安酒を飲んでいるんだ。身分相応で納得してのことだ。立ち飲み屋の酒がうまいと思って飲んでいるわけじゃない。諦念に似た気持ちで飲んでいるんだ。この男の刹那さがお前にわかってたまるか。それにな、女性と飲むときはな、ちゃんといい店で飲んでいるさ。本物を知っているから、使い分けることができるんだ」
「へえ、へえ、へえ」
「おい、どこかのTV番組のパクリはよせ。結局な、今の時代はインターネットなどのメディアが普及して、どんどん情報だけは入ってくる情報過多の時代だろ。そういう時代だからこそ、自分でその情報の真贋を見極め、取捨選択することが必要なんだ」
「しまさんはそれができてるってことですか?」
「ウチの古本の品揃えを見てみろ。いいものばかりだろう。商売だから多少ロクでもない本も置いているけどな。でもな、ウチのお客さんは皆さん本物を知っている、目が肥えた方ばかりだからな、いい本しか売れないんだよ」
「はあ、そんなもんですか」
「そうだよ。だからな、今日お前を連れてきてやったのも、本物を知って、真贋見極める勉強をしろってことだ。本物を知れば、今お前の勤めているコーヒーショップの状態が見えてくるだろう」
「なるほど。さすが、びんぼっちゃま、しまさんですね」
「びんぼっちゃまは余計だ。とにかくそれがわかれば、一杯飲みに行くぞ」
「飲みに行くって、どうせ立ち飲み屋でしょ」
「当たり前だ。お前といい店なんか行くもんか」
そして、我々は夜の飲兵衛横丁へと消えて行った。